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2010年2月19日

木花開耶姫【このはなさくやひめ】は、ウメの女神だった?

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 探梅【たんばい】という言葉を御存知でしょうか? 観梅【かんばい】と似て違う言葉です。冬のまだ寒い時期にウメの花を探しながら歩くことです。
 ウメの花盛りに見るのは探梅とは言えません。それは観梅です。
 探梅という言葉には春を待ち望む気持ちがよく表われていますね。ウメの花は、日本の早春を象徴するものです。それを探すのは、春を探すのと同義でしょう。江戸時代の俳句『梅一輪 一輪ほどのあたたかさ』が描く境地です。
 こんなに好まれているのにウメは、日本原産ではありません。中国原産です。歴史時代の早いうちに、日本に入ったと考えられています。
 奈良時代以前は木の花【このはな】といえば、ウメの花を指しました。当時の日本人、少なくとも知識階級の日本人は、サクラよりウメを好んだようです。
 その理由は当時のウメが、外国から来て間もない植物だったからです。外国の進んだ文化を表わす花でした。日本人の外来文化好きは、この頃からあったのですね(笑)
 似た例として、桃(モモ)があります。奈良時代以前の日本では、ウメの花とモモの花とが並び称されました。モモも中国原産の植物です。
 モモといえば、古事記の日本神話に登場するのが有名です。モモの果実を投げつけることによって、黄泉醜女【よもつしこめ】という魔物が追い払われました。モモを魔除けとするのは、中国の思想を受け継いだといわれます。
 ウメは、日本神話に登場しないのでしょうか? それらしき名が、古事記と日本書紀にあります。木花開耶姫【このはなさくやひめ】(漢字表記は他にもあり)です。
 一般的には、木花開耶姫は、サクラ(桜)の花の女神さまとされていますね。けれども、古事記や日本書紀ができた頃、「木の花」とは、ウメの花を指したはずです。
 木花開耶姫は、最初は、ウメの花の女神さまだったのではないでしょうか。平安時代以降、サクラのほうが好まれるようになってから、サクラの女神さまになったのではないかと思います。神さまも、時代に合わせて変わるのでしょう。


図鑑↓↓↓↓↓には、ウメが掲載されています。
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 過去の記事で、ウメと同じく、古事記などに登場する生き物を取り上げています。よろしければ、以下の記事も御覧下さい。
カワセミと翡翠【ひすい】との関係は?(2009/08/05)
「かげろう」の正体は、イトトンボ?(2008/10/03)
食用ナマコはどんなナマコか?(2007/01/22)
花も実もある魔除けの木、モモ(2006/03/03)
などです。

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