平城京の野菜? ニラ(韮)
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二〇一〇年は、平城京遷都千三百年祭ですね。千三百年前、奈良時代が始まりました。当時の人々は、何を食べていたのでしょうか?
当時の文献を調べると、食べ物がわかります。古事記や日本書紀や万葉集ですね。奈良時代の人々も現代と同じように、さまざまな野菜を食べていました。
例えば、ニラは、奈良時代から日本にあったとされます。古事記に、賀美良【かみら】という名で登場します。万葉集では、久君美良【くくみら】という名で登場します。
「奈良時代、ニラを食用にしていた」という明確な証拠は、ありません。けれども、万葉集の歌には、くくみら(ニラ)を摘む様子が詠まれています。
当時は、今よりもずっと食糧事情が悪いです。食べられる物は、何でも食べたでしょう。手間をかけて摘んでいることからして、きっと食べていたと思います。
千年以上昔からあってもニラの原産地は、日本ではないと考えられています。原産地は、はっきりとわかっていません。中央アジアという説が有力です。中国の西の端あたり、タジキスタン(タジク)と国境を接するパミール高原付近です。
パミール高原は、漢字名では、葱嶺【そうれい】といいます。葱(ネギ)の嶺【みね】という意味ですね。この名の理由は、この地域に、ネギやニラの仲間がたくさん生えているからです。ネギとニラとは、同じネギ属に属します。
栽培されるニラの原種は、ラテン語の学名を、Allium ramosum【アリウム・ラモスム】というものだろうと考えられています。この種には、日本語名はありません。
アリウム・ラモスムは、モンゴルやシベリアにも分布します。現地では、現在も、この種を食べることがあるそうです。このことから、「モンゴルや中国北部で、アリウム・ラモスムからニラができた」という説もあります。
どの説にせよ、ニラは、ユーラシア大陸の奥深くで生まれたことになります。それが、奈良時代にはもう、極東の日本まで来ていました。いっぽう、現在のアフガニスタン(タジクの隣)でも、ニラをよく食べるそうです。シルクロードは、つながっていますね。
図鑑↓↓↓↓↓には、ニラが載っています。
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過去の記事でも、奈良時代に食べられた野菜を取り上げています。よろしければ、以下の記事も御覧下さい。
昔は主食だった? サトイモ(里芋)(2008/06/27)
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などです。